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アレクサンドル・ベリャーエフ 作
「両棲人間」

Александр Беляев
Человек-Амфибия

翻訳本に関する考察

2004.8改訂
 まず、英語版は完訳です。ときおりややこしいところが、一行単位で抜け落ちているだけです。
 ソ連は海外に売るために国内で英語版を作って輸出していました。英語版は最大のマーケットというわけです。
 ですから一旦翻訳版が作られると、しかも完訳ですから、これとは別に翻訳されることはまずなかったのではないでしょうか?
 しかし完訳の日本語版は存在しません。
 各出版社が、それぞれ異なる翻訳(抄訳)を発行しています。
 日本で最初に発行された講談社版は、かなり子供にもわかるように書き換えようと努力しています。講談社青い鳥文庫版は、講談社版を削ったものです。
 一つの章をいくつかに分割したり、登場人物の名前を縮めたのも、子供むけを意識してのことでしょう。
 偕成社版は、たぶん当時はロシア語の翻訳者がすくなかったためでしょう。同じ翻訳者がペンネームを変えて再翻訳しています。
 しかしこれも子ども向けの抄訳であり、忠実な翻訳はなされてません。
 たとえば講談社版と偕成社版では、グッチエーレがペドロ・ズリタと正式に結婚したことにはふれられていません。
 イフチアンドル暗殺計画についても、神父が暗殺をほのめかす話は少しばかり残っているのに、「イフチアンドルが殺されてしまうから、その前に逃がそう」という話の流れが、「ズリタがイフチアンドルの後見人に決まったから」に、変えられてしまっています。
 ヒロインが悪役と結婚する、聖職者が暗殺を指示するというシュチエーションは、子供向けではないと判断されたのでしょうか?
 また、もともとオリジナルでも、オルセンがイフチアンドルの脱獄計画に手を貸す理由が弱く、そのために映画ではオルセンの設定が、ボタン工場の仕入れ係から、以前からサルバトール博士と交友のある新聞記者に変更されているのですが、講談社版と偕成社版では、オルセンがイフチアンドルが両棲人間だと知るシーンが、書き換えられてなくなってしまっているのです。
 映画の変更は、ストーリーに整合性を持たせるためですが、講談社版と偕成社版では、まったくそうしなければならない意味がありません。
 こうした書き換え方は、講談社版と偕成社版で共通しています。
 それだけでなく、講談社版と偕成社版は、まとまりが悪く感じられます。
 偕成社版独自の特徴としては、イフチアンドルがグッチエーレと出会う章がまるごとなく、イフチアンドルのセリフで説明されて終わりになっています。そしてオリジナルにすらない4つの章が加えられています。
 あかね書房版は、講談社版や偕成社版よりも量的には少ないのですが、オリジナルに忠実な翻訳がなされています。

 一番の謎は偕成社版独自の4つの章です。
 そして講談社・偕成社版は、なぜ必要以上に書き換えられているのか?
「偕成社版を発行するとき、講談社版との差別化をはかるために、日本で独自に書き加えられた」のか、あるいは「雑誌連載時にはこの章はあったのだが、本にまとめられるときに削除された」のか?
 講談社=偕成社版は、全体的にまとまりが悪く、オリジナルを改変する必要性のない違いも散見されます。もしこれらが雑誌版をメインにした翻訳であれば、オリジナル版よりまとまりが悪い理由にも、納得できるというものです。

 まがりなりにもオリジナルを自力翻訳して、一番印象が変ったのが、サルバトール博士についてです。
 いままではサルバトール博士はマッドサイエンティストで、イフチアンドルはバルタザールの息子なのだろうと思っていたのですが、オリジナルのサルバトール博士は誠実な人格者だと感じました。
 この人が、他人の赤ん坊を横取りして生体改造をするだろうか? ということです。
 しかし絶対にしない、とも言い切れません。
 「海の悪魔」の章におけるバルタザールの描写も、イフチアンドルとの親子関係をうかがわせる伏線になっています。
 しかしイフチアンドルがアラウカンの特徴を備えていたとしても、もしサルバトール博士の妻がアラウカンなら、ありえることですし、それは彼がインディオを診察する理由にもなるでしょう。
 それにサルバトール博士は、赤ん坊の生体改造の準備に、ずいぶんと手間と時間をかけています。偶然その準備が整ったときに、ぴったりの赤ん坊が連れてこられたのでしょうか? 物語ならば、ありえることです。
 ではなぜ改造された人間は、イフチアンドルだけなのでしょうか?
 両棲人間が彼一人である理由は述べられていても、別に改造人間は両棲人間に限る必要はないはずです。
 イフチアンドルが完璧ではなかったからでしょうか?
 なぜイフチアンドルを、両棲人間にしなければならなかったのでしょうか?
 なぜイフチアンドルだけが、改造されたのでしょうか?
 映画の設定のように、そうしなければ彼は生き延びられなかったのかもしれません。
 サルバトール博士は、なぜイフチアンドルにまともな社会教育を施さなかったのでしょうか?
 クリストはなぜ、その語もサルバトール博士の所で働き続けることができたのでしょうか? 実はバルタザールがイフチアンドルの父親だからこそ、全てが発覚した後でも、サルバトール博士は彼の肉親であるクリストを雇い続けていたのでしょうか? それとも他で余計なことを喋らせないようにでしょうか?
 この物語において、誰がイフチアンドルの父親なのかは主題ではありません。謎はいくつも残ったままです。
 こうした謎がこの物語をミステリアスにし、読者の想像力を膨らまさせるのです。
 秘密は隠されたままなのです。

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