(C)hosoe hiromi
 "■このごろ堂へ"はまりもの両棲人間HOME

アレクサンドル・ベリャーエフ 作
「両棲人間」

Александр Беляев
Человек-Амфибия

細江版翻訳

2005.1.15 最終更新日

24 捨てられたメドゥーサ号

 一等航海士の合図で、船員たちは一斉に、前方マストの近くに立っていたズリタに襲い掛かった。
 船員たちに武器はなかったが、数の上では勝っていた。しかしズリタも、簡単にやられるような玉ではない。二人の船員が、後ろから組みついたが、ズリタは自力で何歩か歩いて襲い来る船員たちの集団から抜け出すと、最初の二人を後方の襲撃者たちに向かって全力で投げ飛ばし、船員たちが甲板にひっくり返り、うめき声を上げる。体勢を立て直したズリタが、さらに彼に襲い掛かって来る敵に拳をお見舞いした。彼は拳銃を持ち歩いてはいたが、あまりの急襲に、ホルスターから抜く暇がない。
 ズリタはじわじわと前方マストに近づき、そして突然猿のように登り始める。船員が彼の足を掴んだが、もう一方の足で頭を蹴ると、船員は気絶して甲板にひっくり返る。マストの天辺にある見張り台に登りきると、ここが一番安全だと考え、座り込んで悪態をつき始めた。
 彼は拳銃を手にして叫んだ。
「ここに登って来るヤツを、最初に撃ち殺してやるからな!」
 船員たちは、マストの下で騒いでいる。
「船長室に銃があるはずだ!」と、一等航海士が大声で叫んだ。「誰か来い、ドアをこじ開けよう!」
 そして数人の船員を引き連れて、昇降口に向かった。
(あいつら、俺を撃ち殺すつもりだ!)
 ズリタは藁をも掴む気持ちで、助けが現れないかと、ちらりと海を見た。彼自身にも信じられないことに、穏やかな海を切り裂いて、潜水艇が真っ直ぐメドゥーサ号に向かってくる。
(どうか潜ってしまいませんように!)と、ズリタは祈った。(潜水艇の上に誰か立っている。しかし俺に気づかず、行っちまったら?)
「助けてくれ! 急いでくれ! あいつらに殺されちまう!」
 ズリタはあらん限りの大声で叫んだ。
 潜水艇は、明らかにそれに気がついたようだ。スピードを落さず、まっすぐメドゥーサ号に向かってくる。
 メドゥーサ号では、武器を手に入れた船員たちは、すでに昇降口から戻ってきていたが、彼らは甲板で、ためらいがちに立ちつくしている。
 ズリタは喜んだ。やってきたのは、武装した潜水艇と軍人に違いない。彼らの目の前で、自分を殺すことなど出来るはずもない。しかし、それは一瞬のぬか喜びにすぎなかった。
 潜水艇の甲板の男が、大声で叫んだ。
「ペドロ・ズリタ! 貴様が誘拐したイフチアンドルを、すぐに解放しなさい! でなければ貴様の帆船の底に銛を打ち込む。私は五分だけ待つ」
「裏切り者め!」ズリタは、潜水艇の上にクリストとバルタザールの姿を見つけて、腹を立てた。しかし自分の頭を失うよりは、イフチアンドルを失ったほうがましだ。「今放す」そういいながら、ズリタはマストから降りてきた。
 すでに船員たちは、ボートを下ろし、あるいは泳いで、海岸に向かって逃げ出し始めている。彼らはもはや、自分の心配しかしていない。
 ズリタは、梯子の上を走って自分の部屋に向かった。そして急いで真珠を入れた袋を取り出し、自分のシャツの中に押し込む。さらにベルトとショールを手にして奥の部屋の鍵を開け、グッチエーレを甲板に連れ出した。
「イフチアンドルは具合が悪くて船室にる」と、ズリタはグッチエーレを引きずるようにして、ボートに向かう。そして彼女をボートに押し込むと、そのまま水面に下ろし、自分も飛び乗った。
 潜水艇は、あまりにも水深が浅いために、ボートを追いかけることができない。
 しかしグッチエーレは、潜水艦の甲板にバルタザールの姿を見つけたとたんに叫んだ。
「お父さん! イフチアンドルを助けて! 彼はこの……」
 しかしズリタは、彼女の口をショールで塞ぎ、手をベルトで縛り上げた。
「その女性を放しなさい!」と、サルバトール博士が叫んだ。「暴力は許さん!」
「この女は俺の妻だ! 夫婦の問題に口を出すな!」と、ズリタも大声で言い返しながら、ボートを離していく。
「妻であろうとも、誰しも女性をそのように扱う権利はない! 止まらなければ撃つぞ!」
 けれどもズリタは、ボートをこぎ続けた。
 博士は銃を撃ち、銃弾がボートの板に当たった。
 ズリタは、グッチエーレを引き寄せて盾にする。
「やってみろ!」
 彼の腕の中で、グッチエーレが身をよじる。
 博士は銃を下げた。
「とんでもない悪党めが!」
 バルタザールが潜水艇から海に飛び込み、泳いでボートを追いかけたが、ズリタはすでに海岸に辿り着き、オールの一こぎと波が、ボートを砂浜に打ち上げる。ズリタはグッチエーレを抱えて、海岸の岩の向こうへと姿を消した。
 ズリタに追いつけないと見たバルタザールは、帆船の錨の鎖をよじ登って梯子を下り、イフチアンドルを探し始めた。けれど結局、端から端まで全部を見てまわったが、帆船には誰もいない。
「イフチアンドルは、船にゃいない!」
「坊ちゃんは、生きて近くにいるはずだ! グッチエーレは、『彼はこの』と言った。あの人攫いめが口を塞がなけりゃ、あっしらがどこを探しゃいいのか、わかったのに」
 水面を見渡したクリストは、海面から突き出したマストの天辺に気がついた。たぶん最近沈んだ船だ。イフチアンドルは、この沈没船にいるのではなかろうか?
「ズリタは、沈没船のお宝をイフチアンドルに探させてたんじゃないか」
 バルタザールが、甲板の上にあった、端が輪になった鎖を持ち上げてみせる。
「ズリタは、イフチアンドルをこの鎖につないで泳がせていたようだ。こいつがなけりゃ、イフチアンドルは逃げ出せる。これが残ってるのに、沈没船になんかいるもんか」
「そうだな」と、博士は同意した。「我々はズリタを制圧した。しかし、イフチアンドルは見つけられなかったというわけだ」

次へ