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 "■このごろ堂へ"はまりもの両棲人間HOME

アレクサンドル・ベリャーエフ 作
「両棲人間」

Александр Беляев
Человек-Амфибия

細江版翻訳

2005.1.15 最終更新日

27 司法上における、この事件の取り扱いについて

 ブエノスアイレスの裁判所長官は、珍しい客の訪問を受けていた。地元にあるカテドラル(大聖堂)の司教、ファン・デ・ガルシラーソだ。
 長官は金壷眼の太った小男で、短く刈り上げた髭を染めていた。彼は肘掛け椅子から立ち上がると司教に挨拶し、彼の大切なお客に、とても丁重に重厚な革張りの肘掛け椅子を薦めた。
 司教と長官と、なにもかも違っていた。
 長官は、まるまるとしていて赤い顔に、厚い唇、洋ナシのような鼻をしていた。指は太い切り株のようだし、丸いお腹の上で、今にもはじけ飛びそうな様子のボタンが、脂肪の上でゆらゆらと揺れていた。
 司教の顔は頬がこけ、青白かった。乾いた鷲鼻、細く尖った顎、そして血色の悪い唇。典型的なイエスズ会の修道士だ。
 司教は、彼の話し相手の目を決して見なかったが、にもかかわらず彼は相手をしっかりと見据えていた。あらゆることに大きな影響力を持ち、また宗教的な見地から複雑な政治問題に口を出すためなら、どこにでも喜んで駆けつけた。彼は部屋の主と挨拶を済ませると、さっそく訪問の目的を、静かに切り出した。
「私は、サルバトール博士の事件がどのように取り扱われるかを、知りたいのです」
「あぁ、光栄です! あなた様に、この問題に興味を持っていただけるとは!」長官は嬉しそうにそう叫んだ。「ええ、これは異例の訴訟ですとも!」彼は机から分厚いフォルダを取り出すと、事件の書類に向かって続けた。「ペドロ・ズリタの訴えにより、サルバトール博士を捜査しました。ズリタの陳述によりますと、サルバトール博士は動物に対して異常な手術を行いました。それが事実であることは、確認済みです。事実博士の庭に、作られた怪動物がいました。まったく驚くべきものでしたよ! たとえば博士は……」
「捜査の結果については、私も新聞で存じています」と、司教は静かにきっぱりと言った。「そしてあなたは、サルバトールをどうなさったのですか? 逮捕したのですか?」
「ええ、逮捕しました。さらに私たちは、大切な証拠且つ告訴の証人として、海の悪魔として知られているイフチアンドルという若者を、町へ移管しました。長い間私たちの手を煩わせた噂の海の悪魔が、サルバトール博士の動物園の怪物だと、誰に想像できたでしょうか! 今は専門家、大学の博士たちの手が、怪物の研究に煩わされていますよ。もちろん私たちは動物園全体を移管することは、できませんでした。この大切な証拠すべてを、町中で飼育することはできませんので。しかしイフチアンドルは、裁判所の地下にいます。まったく彼については、苦労しましたよ。考えてもみてください。彼は水がなくては生きていられないので、彼のために大きな水槽を作らなければならなかったのです。なのに彼は、非常に調子が悪そうなのです。科学者たちは、確かにサルバトールは生き物を改造し、彼を両棲人間に変えたのだと言っています」
「私は、サルバトールの運命について、とても大きな興味を持っています」と、司教は静かに話した。「彼にどのような処罰が下されるのか? そして彼が本当に処罰されるのかどうかについて、あなたはどう考えているのですか?」
「サルバトール関連の問題は、司法上例のない事件です。どの条項でこの犯罪を裁けばいいのか、はっきりしておりません。もちろん中でも告訴の理由として明らかなのは、サルバトールが非合法の生体実験によって、青年を改造した件で……」
 司教は眉をひそめ始めた。
「あなたは、サルバトールの行ったことそのものには、犯罪の要素がないと言うのですか?」
「あるでしょうね。たぶん。バルタザールから、もう一件別の訴えがありました。彼はイフチアンドルが、自分の息子だと主張しております。証明する事は難しいでしょうが、ただ、もし専門家が、イフチアンドルが彼の息子だと認定すれば、、たぶん、バルタザールを証人として、訴えを立件できるでしょう」
「それはつまり、せいぜいサルバトールは、医学の倫理を踏みにじった件で審査され、親の許可なく子どもを連れ去り手術した件で裁かれるということですか?」
「ええ、それにたぶん、イフチアンドルに対する傷害の件で。しかし別の要素が事件を複雑にしています。専門家たちは、……これはまだ、結論として出されたわけではないのですが、動物を手術で造り替えてしまうということそのものが、まともな人間の考えを逸脱した異常性を示しており、よってサルバトールは精神異常者ではないかと言っています。とすれば、責任は負わせられません」
 司教は座ったまま薄い唇をかみしめ、テーブルの隅を見て黙り込んだ。それから彼は、とても静かにこう言った。
「あなたからそのような話を聞く事になるとは、思いもよりませんでした」
「なんと、お許し下さい。何がいけなかったのでしょう?」と、長官は当惑した。
「正義を守る立場にあるあなたでさえ、思うにサルバトールの改造手術という行いを正当化しようとなさっている。しかしながら、それは本当にそれでよいのでしょうか? いかなる罪状を定めるのかが難しいならば、天の裁きによるサルバトールの行為に関する異なる見解について、私はあなたを手助けするために、教えて差し上げることができるでしょう」
「お願いいたします」と、長官はかしこまった。
 静かな司教は、説教師として、しだいに演説の声を高めていった。
「あなたはサルバトールの行いを、さして悪いと思っていないのではありませんか? あなたは動物が姿を変え、そして人も少々改良されたとさえ、思っているのではありませんか? ならばつまり、神によって作られた人間が、不完全だとでも言うのですか? サルバトール博士は、人を完全にする必要があるとでも言いたいのでしょうか?」
 長官は微動だにせず、教会の代表者の前にあっては、自分自身が被告であると、そう思った。
「たぶん、あなたはお忘れになっているのです。聖書の創世記にこう書かれています。第一章二十六節『神は言われた。『我にかたどり、我に似せて、人を造ろう』。そしてさらに二十七節には、『神は御自身にかたどって人を創造された』と書かれています。しかしサルバトールは、この神の似姿を損なったのです。そしてあなたも大差ありません。あなたも同罪です! あなたはそれが、良いと思っているのですから!」
「お許しください、聖なる父よ……」
 長官が口にできたのは、ただそれだけだった。
 司教はさらに、感情的に語り続ける。
「主が創造されたものが、完全ではないとでもいうのでしょうか? あなたは人の法についてはよく知っていますが、神の法についてはお忘れです。しかしながらあなたは、創世記第一章三十一節の最初の言葉を思い出さなければなりません。『神はお造りになられたすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めてよかった。』けれどあなたのサルバトールは、それを水陸両棲に手直しする必要があるとして造り変え、あなたはそれがよく出来ていて都合がいいと考えたのです。これは神への批判ではありませんか? 神への冒涜ではありませんか? 冒涜でなくて何なのですか? あるいは国家の法は、もはや宗教的犯罪を罰しないというのですか? そのようなことが繰り返し続くなら、『神が創った人間は出来が悪いから、サルバトール博士に改造してもらおうか?』ということに、なってしまいます。これは、宗教をないがしろにすることではありませんか?
 ……。
 神は、全てを完璧にお造りになられました。しかしサルバトールは動物の頭を、その皮を取替え、創造主を嘲るような、神をも恐れぬ怪物を作ったのです。そしてあなたは、サルバトールの行為に罪の要素を見つけるのが困難だと、そうおっしゃる!」
 司教が言葉を止め、自分の演説が長官に与えた影響について、満足している。そしてしばらく沈黙した後、静かな声から、次第に声を強めつつ、再び話し始めた。
「私は、サルバトールの運命に大きな興味を持つと言いました。しかし私が、イフチアンドルの運命についても、無関心でいられるでしょうか?
 そもそも、イフチアンドルというのはギリシャ語で、魚(イフチ)男(アンドル)という意味しかなく、キリスト教徒として相応しいクリスチャンネームですらないのです。イフチアンドル自身にその罪がなく、ただその罪の犠牲者であるとしても、にもかかわらず彼の存在そのものが、神を冒涜しているのです。ただ存在するだけで人々の心を惑わせ、心弱くうつろいやすい者たちを悪しき道に誘惑するのです。
 イフチアンドルの存在を許してはなりません! 彼にとっても、神の御許に召されることこそが、最良なのです。もしこの不幸な青年が、その生体改造の欠陥において命を落としたとすれば」司教は長官に目配せした。「どうあっても、彼は告発され、自由を奪われなければなりません。実際に、彼は犯罪を犯しています。漁師の魚を盗み、網を切り裂き、そして漁師たちを怖がらせました。あなたは思い出すでしょう。漁師が漁を放り出し、町から魚が消えた日のことを。サルバトールは無神論者であり、イフチアンドルは彼が作り出した忌むべき存在です。
 教会への、神への、天への、恐るべき挑戦なのです! そして教会は彼らが滅ぶまで、その追求の手を緩めることはありません」
 司教がこの糾弾演説を続けている間、長官はこの恐ろしい言葉の奔流を遮ろうとはせず、その前に座ったまま、厳粛に頭を垂れて畏まっていた。
 そしてついに司祭が話し終えると、長官は立ち上がり司祭に近づき、震える声でこう言った。
「私はクリスチャンとして、懺悔いたします。どうか見捨てないでください。そして私はあなたに、あなたが私に助言してくださったことについて、言葉で現しきれぬほど、感謝しております。
 今の私には、サルバトールの罪がはっきりとわかります。彼は告発され、罰せられるでしょう。
 そしてイフチアンドルもまた、司法の剣を逃れることはないでしょう」

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