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 "■このごろ堂へ"はまりもの両棲人間HOME

アレクサンドル・ベリャーエフ 作
「両棲人間」

Александр Беляев
Человек-Амфибия

細江版翻訳 あとがき

2004.8
 まだ完全とは言いがたいけれど、一通り訳すことはできたと思います。
 大人になって既存の版を読み直したときの第一印象は、「ああ、この物語の主人公は、イフチアンドルではなくバルタザールなのだ」ということです。
 客観的に見ればイフチアンドルを主人公とした、彼をとりまく人々の物語といっていいでしょう。ただ私の立場が変ったために、もっとも感情移入したのが、バルタザールだったというわけです。
 そしてこうしてオリジナルから翻訳してみると、またひとつ印象がかわりました。
 これまでバルタザールがイフチアンドルの実の父で、サルバトール博士は彼の子どもをかっさらって改造したマッドサイエンティストという印象が強かったのですが、それがあやしくなってきたのです。
 既存の版は、サルバトール博士のまともな部分と、バルタザールの思い込みが激しい部分が、省略されていたように思います。
 バルタザールに関する描写が、イフチアンドルの実の父親ではないかという疑惑への伏線になっていることや、この疑惑は最後までぬぐえないことは確かなのですが、サルバトール博士に関する描写を読むと、彼が他人の赤ん坊を実験に使うような人物かどうか? それが可能であったかどうか? という点があやしくなってきたのです。絶対にそんなことはしない、と言いきれないのがなんとも。
 しかし大切なのは、サルバトール博士もバルタザールもイフチアンドルを息子として愛していたことであり、そしてバルタザールにとっては、どのような検証を重ねてどのような結論が出ようともイフチアンドルは息子であり、そしてただ一人取り残されてしまった、ということではないかと思うのです。

 イフチアンドルがタコと戦うシーン、そして潜水して活躍するシーンのない潜水艇は、ベリャーエフがジュール・ベルヌのファンだったために入ったとして、よくわからないのが、オルセンが案外潜水がうまかったという件。だからこそイフチアンドルは彼だけを捕まえることができたわけですけど、どういう意味があったんでしょうね。
 それとなんでベリャーエフは、男連中についてはことこまかく描写するのに、ヒロインであるグッチエーレについては金髪で青い目としか書かないんでしょうね。読者に好きなように理想のヒロインを想像して欲しいからでしょうか?
 ただこの「金髪で青い目」というのだけなのに、ただ男はブロンドがお好き〜とかじゃなくて、ただこれだけで彼女のややこしいバックグラウンドを暗示できてしまうことがすごいと思います。
 クリストーバルがどこで拾ってきたのかはわかりませんが、彼女はなぜ「金髪で青い目」に生まれつき、アラウカンのバルタザールに育てられることになったのか? ということです。
 いずれにしろ彼女は、ニューヨークでオルセンとなら、似合いの夫婦になれるでしょう。

2005.1.15
 ただ訳しただけ、ではなく、小説として成立することを目指して、手を加えました。

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