ゴウトにゃん

 

ゴウトのコゴト

 

『なんたるザマだ。そんなことで帝都が護れるとでも、思っているのか!』
 このところ、ゴウトの小言がひどく多い。
『我の爪でさえ、避けられはせぬのではないか!』
 端からみれば、ニャーニャー言っている黒猫の前に片膝ついている書生の姿は、単なる猫好きにしか見えないだろう。
 まあ、確かにこのところ、交渉をすれば取られるだけ取られて逃げられている。
 しかもその原因が、自分より上位の悪魔であることを忘れていたり、クダに空きがないのを忘れていて、スカウトしようとしたせいだ。
 戦い終わればボロボロで、銃は無駄玉撃ちすぎで、手持ちの仲魔に迷いすぎ、幾度もヴィクトルの手を煩わせて、財布は空っぽ。おかげでゴウトに電車賃を借りるはめに陥って、学校の成績まで下がり気味だ。
 ゴウトが通信簿を前に、ニャーニャー喚く。
『葛葉の名を汚さんよう我が鍛え直してやる! 武器を抜け! 我の爪と勝負せよ!』
 ライドウは立ち上がり、構え、武器を抜く。
 といっても町中だ。猫相手に銃だの剣など抜けるわけがない。
『卑怯だぞライドウ! 我はお前を、そんな子に育てた覚えはないッ!』
 育てられた覚えもないが、ライドウの手には、一本の猫じゃらしが握られていた。

 

ゴウトのコゴト2

 

『戦術的には正しかろう』
 戦いには勝っているし、悪魔との交渉もいい感じだし、仲魔も順調に力を増し忠誠を誓ってくれている。
 財布の中身も暖かいし、学校の成績も文句なし。
 だが今日もゴウトはお小言だ。
『銃撃が効かぬ悪魔に対し、召喚した仲魔による弱点攻撃。
 確かにこれは、戦いの基本中の基本だ。
 だが先の戦いはなんだ。
 戦いを任せきり、後ろに下がってガードしっぱなしとは、情けないとは思わんのか!』
 他にすることもなかったから、見通しのいい場所で、事態の変化に警戒しながら、見守っていたら、あっさり戦いが終わっただけだ。
 合体技を使うほどの相手でもなければ、事実使う暇もなく勝利した。
 それに後ろに下がって見てるだけなのは、ゴウトだって(以下略)。
『少々もんでやろう! さっさと抜け! こら、笑うな! 不謹慎だぞ!』
 それでもゴウトは、ライドウが振り回す猫じゃらしにむかって、飛びついた。
 さっそく手から猫じゃらしを奪い取ると、それを下に落としてライドウを見上げる。
『簡単に武器を奪われるとは、なまっている証拠だ! もう一度だ!』
 そう言ってゴウトは、ライドウに向かって猫じゃらしを押し出した。

 

もてゴウト

 

 後ろから飛びかかる気配に、ライドウはさっと身を翻す。
 その横を、着地点を失った灰色の影が、前方へと吹っ飛んでいく。
『油断するな! 次が来るぞッ!』
 さらに真横から、白い影。
 先の影も、きびすを返してライドウに突進してくる。
 後方にも新たな気配。
 さらに前方からも、白、黒、茶色、縞のヤツや、三毛のやつ。
『キリがないッ! 走れライドウ!』
 ゴウトは、ライドウの肩にへばりついたまま、声を張り上げる。
 ライドウは集まってきた猫たちの頭上を飛び越え、外套をなびかせながら鳴海探偵事務所のあるビルヂングへと飛び込んだ。
『ただの猫とはいえ、ああ数が集まり連日言い寄られると、たまったもんではない。雄は雄でケンカをふっかけてくるし。もちろん負けなどしないが…』
 逃げ切っても、ゴウトはまだグチグチ言っている。
「ん? どうした?」
 探偵事務所に入るライドウの、その息が上がっているわけでもないが、鳴海は顔を上げて不思議そうな顔をした。
 一方ライドウとゴウトは、鳴海の膝の上にいいるものに目を見張る。
「ああ、こいつか。なんだか懐かれちゃってな。雌猫だから、ゴウトの嫁さんにちょうどいいんじゃないかと思って連れてきた。どうだ、美猫じゃないか」
 鳴海の膝の上でくつろぎ、のど元をくすぐられゴロゴロ言ってる、一匹の猫。
 人の目には、そう映っているはずである。
 だが、ライドウとゴウトの目には、違って見えた。
 長い二股の尾を持つ、色っぽいおネェさん。
『サマナーはん、今後ともよろしゅう。あちきはぜひにぜひに、ゴウトはんと合体などしてみとうと恋い焦がれ、自らやってきたんでありんす』
 全身の毛を逆立てて、ゴウトは叫ぶ。
『ライドウ! あいつを追い出せ!』
「あれー? ゴウトちゃん、気に入らないの? こんなかわいこちゃんなのになあ」
『人の気も知らんと! それに我は猫ではないッ!』
「先方も猫じゃないし。それに技芸族の悪魔なら、ちょうどぜひ仲魔に…」
『ライドウ! 裏切る気かッ!』

 猫の恋の季節の騒ぎは、もうしばらく続きそうだ。

ライドウ「他所ん家の猫かもしれませんし、勝手に連れ込んだらダメでしょう」
鳴海「ダメかな?」
ライドウ「ダメです」
 

ゴウトの悪夢

 

 ゴウトは、かつて人であった。葛葉の名を持つサマナーだった。
 だが、罪ゆえに黒猫の身に魂を封じられ、代々の若いライドウの面倒を見続ける役目を負わされた。
 業斗童子は、その罰と役の名だ。業斗童子となった者は他にもいる。
 人の名前はすでに捨て、多くの中の一体となった。
 識別名がイの四十八番であるから、相当数いるのだろう。
 といっても、嫌々やっているわけではない。
 若きサマナーたちを育て上げることは、喜びであった。
 己のように道を踏み外してくれるなと、時には厳しく導いた。

 ゴウトは、その罪その罰を、若きライドウに詳しく語りたいとは、思わなかった。
 当然のことだが、鳴海など部外者には、もってのほかだ。
 だが、猫の寿命は人よりも短い。
 別れと再会は必須となる。
 再び何かに封じられるとはいえ、死の恐怖や痛みはそのままだ。
 いや記憶が残る分、よけいに悪い。
 この罰は転生ではなく、死に続ける罰なのだ。
 そして封じられるは、猫の身とも限らない。
 ただゴウトの場合は、黒い生き物と決まっている。
 猫なら黒猫、犬なら黒犬だ。
 だが、なんでもいいというわけではない。
 黒牛だったりしたら、任務の遂行に支障がでかねない。
 そこらへんはさすがに、この罰を取り仕切っているヤタガラスもわかっている。
 …はずだ。

「おや? 猫も夢を見るのかな? ゴウトちゃん。寝ながら耳をぴくぴくさせてぞ?」
『だからといって、我の耳をつまむなッ!』
「ありゃりゃ、怒らせちまった」
 鳴海にふれられただけであるのに、爪を出して反撃するゴウトに、どうした? と、ライドウもいぶかしがる。
『夢を見ただけだ。我は黒いハネではばたいて…。
 いや、なんでもない。忘れてくれ。我も忘れる』
 蝶に変じた夢の話なら、ありがちだと忘れられもしただろう。
 だがゴウトが変じた虫は、断じてカラスアゲハなどではない。
『あり得ぬ。あれは黒というより、焦げ茶色であるはずだ』
 そいつは小判の型をし、てらてらと油ぎった、かさこそ素早いヤツだった。

 

ゴウトのプライド

 

 茂みの中に、小さなトンネルがあった。
 その奥に、捜し物が落ちているようだ。
 ライドウが這いつくばって手を伸ばしても届かない。
『なぜそこで我を見るッ! 我は猫ではないッ!』
 ライドウはゴウトから目をそらしながら、仲魔を呼び出した。

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