はじめての合体

 

「なんじャ。コゾウ、書生になど用はないぞ」
 金王屋の店主は、店先に立った黒ずくめの書生に気づくと、腹立たしそうにそうに吐き捨てた。
 いかにも偏屈そうな老人だ。
 だがコゾウと呼ばれたライドウは、気にした様子もなく店に立ち入る。
 店主はその足下にいる黒猫にも目を留める。
「猫を連れて出て行け。店の品の一つにでも爪を立てたら、タダではすません! 猫一匹三味線に売り払うぐらいでは、足しにもならんのじャ」
 むろん、三味線には猫の皮が使われている。
 だがライドウも、そしてゴウトも、涼しげな顔を崩さず、店主に挨拶までする。
 店主の方も口こそ悪いが、実力行使で書生と猫を追い出そうとはしなかった。

 金王屋は古物商の看板を上げている。
 店の雰囲気も売り物も、古美術商に近い。
 事実店にある商品には、風格がある。
 置物なんかは、今にも動きそうなほどの生き物めいた存在感を身にまとっている。
 屏風や古そうな壺の類も、古いばかりではなさそうだ。
 その合間の細々としたものも、一つ一つにいわくありげ。
 値札などついてはいないが、店主に問えば、目の玉が飛び出すような額を言われるだろう。ふっかけられたかと値引き交渉を初めても、店主は頑として一度口にした値を動かさない。
 その上品の由来を求めても、店主は「この価値がわからんくせに、欲しいのか」と、ひどくつれない。
 マレに成金が、その成金たる財力と目利きであるところを証明するためだけに、人の目を引きそうな大きな置物なんかを、即金で買っていく。
 金王屋の店主は、そんな相手にも愛想など見せないが、金に向かってしてやったりとばかりに嬉しそうに笑う。
 一方成金の方は、持って帰って専門家を呼ぶ。
 だが、「できは確かによろしいが、どこの誰がいつ作ったともわからぬ品」ということになる。しかも「案外新しい、いや最近の作」などと言われてしまう。
 払った金が惜しいというのもあるが、捨てるに捨てられぬ。
 人に見せたり売ったりすれば、恥をかきそうでそれもイヤだ。
 というわけで、なるべく目立たぬ所に押し込んでおくことになる。
 だが、繰り返すが金王屋にある物は、いずれも今にも動きそうなほど生き物めいた存在感を身にまとっている。
 夜中静かな時など、よほど鈍感な者でなければ、そこから燃え立つ気配を感じるだろう。
 睨まれた、クスクス笑いを聞いた、泣き声を聞いた、話しかけられたといった話も、すぐに出てくる。
 夜中に誰も見ていない時動いているんじゃないか、なんて話もだ。
 だがそれがいいと、定期的に買い求める酔狂な成金もいるが、大概の客は二度と金王屋には近づかない。
 もちろん、そんな古美術っぽいもので、商売が成り立っているわけではない。
 大小の古美術っぽいものの間に所狭しと置かれた小物。
 たとえば、種類別に分けられた銃弾が、格子状に仕切られた箱の中に、無造作に詰められている。
 小さな引き出しが多数ある薬箪笥は、その箪笥ではなく中の薬が売り物だ。
 それから日本中の各地から集められた、各種日本酒。こちらは町中の酒屋でも滅多に見ることができない、知る人ぞ知る銘酒のオンパレード。
 …脈略がない。
 それどころか、そんな品が店にあるのを見ただけで、古美術狙いの客は、そういう店なのだと、帰ってしまう。
 だが金王屋の売れ筋は、むしろこちらだ。
 どれも安い物ではないが、知る人ぞここにそれがあることを知っている。
 自らの医術の限界を知る医者が。
 得意客から普段扱わない銘酒を求められた酒屋が。
 そして銃を懐に忍ばせる者が、この店の商品の品質の確かさに、言値を払う。
 金王屋は、そんな古物商である。

 ライドウが、店主の態度に動じもせず、書生にあるまじき金額を即金で支払って銃弾を買い、さらにヴィクトルの名前を出すと、金王屋の店主は内心ほくそ笑む。
 店の常連となり、定期的に金を置いていってくれるヤツは、多種多様だ。
 最初は古道具屋と勘違いした貧乏書生かと思ったが、こいつはわかって来たヤツだ。
 だが、客に愛想よくしたら負けとばかりに、受け取った金を確かめながら、店主は店の奥にある、地下へと続く階段を指し示す。
 ここにヴィクトルがいることを知り、そして訪ねて来る者の多くが、金王屋の常連客になることを、店主は経験から知っていた。

          ***

 金王屋の地下には、巨大な空間がある。
 地下室なんてものじゃない。金王屋が作ったわけでもない。
 だいたい金王屋は、道一本挟んで川に面しているのだ。
 地下室なんか作った日には、すぐに水浸しになり、上の建物まで使い物にならなくなる。
 そうでなくても、台風で川が溢れれば、やはり水が地下室に流れ込む。
 地下室は昔からありはしたが、それを心配するほど大きなものではなかったはずだ。
 だがいつの間にか大きくなり、紆余曲折のあげくヴィクトルに貸すことにした。
 ヴィクトルが金王屋の地下に住み着いてからずいぶん立つが、店主は彼のことを、呆れるほど何も知らない。
 知っているのは西洋人で、彼は地下室を業魔殿と名付け研究室にし、日々研究に励んでいることぐらい。
 いや、見せてもらったし、説明してもらったこともあるのだが、それでもわからなかったというのが、正直な所だ。
 そもそも、巨大な研究設備を、どうやって地下室に入れたのかがわからない。
 だが、確かな素性が本質を現わすわけではない。
 金王屋で扱う商品と同じことだ。
 ヴィクトルは、奇妙な品々を、自らの業魔殿を出ることなく手に入れている。
 一風変った者たちが訪ねてくるから、そのあたりから手に入れているのかもしれない。
 金王屋の商品も、よく買っていく。
 だが、お天道様の下を大手を振って歩けないのか、歩くつもりがないのか、そこらで買える品を、金王屋に注文することもある。
「店主! ほらあれだ! まっすぐな柳の枝で作った、長い箸のようなものをくれ!」といった具合にだ。
 幸い日本語は堪能だから、会話には困らない。
 このときは菜箸のことだと見当をつけ、御用聞きに必ず柳のものにしろと言いつけた。
 こういうところは、非常に細かい。
 柳と言い出したら、絶対に柳でなければならないのだ。
 と、まあ日常品なら自分用の物と一緒に、御用聞きに注文するだけですむ。
 他にも、西洋の薬草や薬品を欲しがることもあり、この場合は筑土町ではなく銀座まで出ても手に入らないこともある。が、金王屋は輸入品も多少扱っているので、そのあたりで調達している。
 いや、ヴィクトルのおかげで、海外との取引を開拓できた。
 貴重な売れ筋の品の仕入れも順調だが、素性がわからなくとも出来の良い古美術品は、海外の客が喜んで買ってくれる。
 無知な客を騙すつもりは、さらさら無い。価値を素性でしか見られぬ方が間違っている。自分が良いと思ったら、そして金を出す価値があると思ったなら、買えばいい。ただそれだけだ。
 そういえばヴィクトルは、こんな物を欲しがった事もある。
「店主! 絹糸のように白い羽毛に包まれ、闇のように骨まで黒い鶏と、血のように赤いカブだ! だが、赤カブではない! ゲオスミンが含まれいるヤツだ!」
 ヴィクトルが欲しがっている物に日本名がまだなかったりすると、こうなってしまう。
 ゲオスミンなど、聞いた事もない。
 だが店主は、手間を惜しまなかった。
 ヴィクトルは、それだけの価値のある相手なのだ。
 店主が注文の品を渡した翌日、ヴィクトルは小さな鉄鍋を持ってやって来た。
「店主! 最近食欲がないと言っていただろう! これを食せ!」
 中身は血のように赤い煮込み。
 渡した鶏と赤カブのようなもの、その他様々なものが、ぶち込まれている。
 店主は、西洋の魔女が巨大な鍋に様々なものをぶち込んで煮詰める様子を連想する。
 間違いなくヴィクトルは、その魔女の眷属だ。
 しかもヴィクトルにそんな話をしたのは、もう二月も前のことだ。
 店主は、仏頂面のまま鍋を受け取る。
 そしておそるおそる、添えられた匙でそれをすくって口にする。
 気味が悪かったが、喰ってみれば不味くはない。
 異国の薬膳と思えば悪くはなさそうだ。
「国の料理か?」
「知らん! だが、世界のどこかで喰った事がある! 素材さえあればその味の再現など、我が輩には容易いことだ!」
 しかめっ面は、意地でも崩す気はなかった。
 腕を組んで横に立ち、挑戦的な眼差しで見下ろしているヴィクトルの前で、食べたくないと残すのも、好意に喜んで見せるのも、負けるようで癪だった。
 仏頂面のまま淡々と全て平らげると、ヴィクトルは空になった鉄鍋を手に、上機嫌で業魔殿に帰っていった。

          ***

 葛葉の一族とヴィクトルとの付き合いは、ヴィクトルが世界放浪の後に日本へ腰を据えてすぐに始まっている。
 だが、業魔殿が帝都にあること、さらにレベルの低いサマナーでは、ヴィクトルの要望に応えられない。
 最低複数体の悪魔を、完璧に従えるサマナーであることが、必須なのだ。
 そのためライドウも、これが初見である。
 いや、ライドウの名を継いで初めて、葛葉のライドウの一族の中で、それが許されたといってもいい。
 鳴海探偵所に落ち着いて、すぐにサマナーの必需品を扱っている金王屋と、ヴィクトルの業魔殿に向かうことにもなっていた。
 だが、予想外の出来事のため、準備に思いの外時間がかかったのだ。
 ちなみにライドウの活動拠点として鳴海探偵事務所が選ばれたのも、普通でない専門の、悪魔の存在も知っているという探偵という鳴海の特殊性だけでなく、その事務所が金王屋と業魔殿にほど近いことも、幾分考慮されている。
 だが、ヴィクトルはともかく、金王屋は悪魔とは無縁の人間。
 まったくの無縁というわけでもなく、むしろ関わりは多い方だが、超常現象を頭から否定しているわけでもないのに、鳴海のように首を突っ込むつもりもないらしい。
 人に見えないものが少し見える、少し関われるという者が、一番身を持ち崩しやすい。
 恐れすぎたり騙されたり、孤立したり自分を見失ったりする。
 中には新興宗教の教祖になる者までいる。
 サマナーならば、そうやって破滅した者の話を、いくつか目にし耳にするものだ。
 だからここを訪れる者は、金王屋の生き方を邪魔しようとは思わなかった。

 業魔殿へ向かう暗く細い階段は、広い空間の壁面を這うように巡っている。
 そこにある巨大な設備は、全てヴィクトルが考え、資材を調達し、悪魔たちを指図して作り上げた物だ。
 ヴィクトルは悪魔を見ることができるし、使役もできる。
 つまり、デビルサマナーだ。
 サマナーとしての力量も、噂ではかなりのものらしい。
 だが一般の、強い悪魔を従え、使役の技の熟練を目指すサマナーとは、かなり目指す方向性が違っている。
 彼は研究者なのだ。
 求めているものは、人造生命の創造であるとか、不老不死だと言われている。
 実験成果は当人にもすでにおよび、人間離れした存在だとも噂されている。
 なにしろ葛葉の一族が彼と関わり始めた時期だけを考えても、彼はとっくに金王屋の店主の年を、上回っているはずだ。
 さらにそこに、彼が日本にやってくる以前の、世界中を放浪していたとされる年数を加えると、もはや人間離れしてしまう。
 彼の過去など検証しようがないし、見かけで西洋人の年齢を判断することも、日本人には難しい。
 それに銀座や横浜あたりで普通の白人を見ればわかるのだが、彼の肌はあまりにも青白すぎる。
 といってもこれは、日の差さない業魔殿でしか彼に会えず、また彼が業魔殿から出ないから、かもしれないが。
 ともかく彼は、日々研究し、いくつかの成果を上げた。
 化学者が、フラスコの中で複数の素材を混ぜ合わせ、新たな素材を作り出すように、彼は悪魔を混ぜ合わせ、別の悪魔を作り出したのだ。
 この革新的な合体と呼ばれる技術によって、サマナーたちは封魔以外の悪魔を手に入れる手段を、そして経験以外の悪魔の強化手段を得たのである。
 サマナーは、業魔殿に素材さえ持ち込めばいい。
 ヴィクトルは、データさえ収集できればいいからだ。
 そしてそのデータから、悪魔を作り出すことさえ、して見せた。
 もっとも、こちらは材料費がかかるとかで、結構な額を請求される。

 ライドウは、早速悪魔の合体をヴィクトルに依頼する。
 葛葉の里では見ることができない技術にも、興味があった。
 この巨大な設備が稼働する様子も、ぜひ見たい。
 一方ヴィクトルの方も、やる気満々だ。
 やれ、どんな悪魔を持っているのか見せてみろだとか、どんな悪魔が好きかだとか、あんなことや、こんなことを聞いてくる。
 いや質問と見せかけて、ヴィクトルは自らの研究を、延々と語る。
 それもライドウには、面白かった。
 葛葉の里でだって、サマナーのための専門教育があるわけではない。
 心身共に対する修練がメイン。
 研究だとか理論づけといったものは、勝手にやっている個人はいるが、体系づけ系統づけなどは、さほどされていない。その成果も秘伝の類になることが多い。
 だが帝都では、サマナーの素質がない鳴海でさえ、専門書を何冊も手に入れている。真偽を見極められないから怪しい本もまじっていたが、それはそれで面白かった。
「というわけでだッ! 葛葉! 今回は初回サービスで、我が輩の限界を超えた全力を見せてやろう! さぁ、気が変る前に、合体させる悪魔をそこに出せ!」
 何が「というわけ」なのか、話の前後はちなみにまったく繋がっていない。
 が、ライドウは決めておいた2体の悪魔を召喚する。
「この悪魔たちを失うことになるが、かまうまいな!」
 もちろんわかっていると同意する。
 悪魔の方も、初めての合体に、ドキドキワクワクしているようだ。
「悪魔たちの、その身も心も、我が輩にゆだねるがよい!」
 ライドウは了承する。
 二体の悪魔は、ワクワク気分で鉄格子の箱の中に入っていくと、巨大な装置が呻り出し、エネルギイを蓄えていく。
 そして装置は、中の悪魔ごと檻は高く持ち上げていく。
「よし、ひらめいた! 葛葉、ターコイズをよこせ! この合体の触媒としてターコイズが…」
 言葉を遮り、持っていないと告げる。
 ヴィクトルは、少しぎょっとしたようだったが、だがもう一度装置に向かう。
 呻りはさらに大きくなり、装置全体が、青白い輝きをまとう。
「ええい、気を取り直して続けるぞッ! トパーズをよこせ!」
 それも、持っていなかった。
 ヴィクトルが、固まった。
「だ、だがまだ可能性はある! 後戻りなどできん! ルビーを出せッ!」
 無い袖が振れるわけがない。
「もはや運を地獄に任せよ!」
 次の瞬間、差し上げられたヴィクトルの腕の先で檻が青白く燃え上がり、雷鳴そのものの轟音が業魔殿を満たした。
 そして音の残響が消える前に、床に叩き付けられるように戻って来た檻の中で、なにかがブルブルと震えながら、うずくまっていた。

「合体って、もっとカッコイイと思ってたのになー」
「変形合体大変身とはちがったでホー」
「若返るとしても、あれはイヤじゃ」
「前より強くならないと、意味ないじゃん」
「合体とは、まさしくどろどろに溶けて一つにまじりあうことなんでありんすなぁ」
 その夜遅くまで、クダの中からクダをまく仲間たちの声が聞こえていた。
 ただその中に、新しく加わった仲魔の声はない。
 まるで溶けかけた泥雪のような新たな仲魔は、弱く小さく知能も低く言葉も操れなかったのだ。
『気を落とすな。交渉の通用せぬ悪魔を仲魔にしたことには、違い在るまい』
 いつもは小言の多いゴウトに、今晩ばかりは慰められた。

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