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アレクサンドル・ベリャーエフ 作
「両棲人間」

Александр Беляев
Человек-Амфибия

2003.11.3
2005.1.15
2020.06.05
2023.10 最終更新日

第六章   驚異の庭園

 一週間後、クリストが戻ってくると、サルバトールは彼の目を見つめてこう言った。
「クリスト、よく聞きなさい。私はお前を雇い、食事と十分な賃金を与えよう……」
 クリストは、あわてて手を振った。
「あっしは先生様のお役に立つことができさえすれば、他に何もいりやせん」
「黙って聞きなさい」と、サルバトールは続けた。「お前は全てを手にいれるだろう。ただし、一つだけ守って欲しいことがある。お前がここで見たことについて、口をつぐんでもらいたい」
「一言でも喋るくらいなら、舌を切って、犬にくれてやりやすとも」
「そうしないですむようにな」と、サルバトールは警告した。そして白衣の黒人を呼び、こう命じた。「彼を庭のジムの所に連れて行きなさい」
 黒人は無言で頭を下げると、インディオを白い建物から連れ出し、クリストが知っている中庭を通って、第二の壁の鉄の扉を叩いた。
 扉の向こうで犬が吠え、扉がきしみ、ゆっくり開いた。
 黒人は、クリストを扉の中に押し込むと、中にいる別の黒人に向かって何か小声で叫び、立ち去った。
 クリストは、恐ろしさのあまり、壁に体を押しつける。赤みがかった黄色で黒い斑点のある、見たこともない獣が、彼に向かって吠えながら走ってきたからだ。
 もしクリストが、パンパス草原でそいつと出くわしたなら、すぐにジャガーだと思っただろう。けれどその獣は犬のように吠えていた。しかし今のクリストにとって、その動物が何であり、どんな攻撃をしてくるかなど、些細なことだった。とにかく近くの木に走り、急いで登る。
 黒人が犬たちに、怒ったコブラのようにシーッと言うと、犬たちはすぐ静かになった。
 犬たちは吠えるのを止め、黒人の足元に伏せ、投げ出した足の上に頭を置き、横目で黒人を見つめている。
 黒人は、クリストが登った木の下にくると、もう一度シーッと言い、降りて来いとインディオに手を振った。
「なんで蛇みたいにシーッって言うんだい?」クリストは、逃げ込んだ場所から動かず聞いた。「舌が無いのかい?」
 黒人は、怒ったかのようにブツブツ言った。。
(たぶん、話せないんだ)と、クリストは考えた。そして彼は、サルバトールの警告を思い出した。(先生は、本当に秘密を喋った使用人の舌を切っちまうんだ……)クリストは、突然怖くなって、木から落ちそうになった。彼はここから逃げ出したくなり、ここから壁までどのくらい離れているのか考えた。飛び移れるとは思えない……。しかし黒人は木に近づいて、彼の足をつかむと、気短に彼を引っ張った。クリストは木から飛び降り、できるだけ友好的な微笑みを浮かべ、手を差しのばして親しげに質問した。
「ジムかい?」
 黒人は、うなずいた。
 クリストは、黒人の手を取り、しっかりと握手した。(地獄に行ったら悪魔と仲良くしなけりゃならんからな)と、彼は考えた。そして声に出して続けた。
「話せないのかい?」
 黒人は何も答えない。
「舌がないのかい?」
 黒人は無視している。
(口の中を見てみたいもんだ)クリストはそう思った。
 しかしジムは、会話のまねごとをするつもりは、無いようだった。クリストの腕を掴み、赤い獣の前に差し出させてシッシッと音を出す。
 獣たちは立ち上がってクリストに近づき、クリストの匂いを嗅ぐと静かに立ち去ったので、クリストは安堵した。
 ジムは手を振って、クリストに庭を案内した。
殺風景な石畳の中庭の後で、緑と花にあふれる庭園に驚かされた。庭園は東側に広がり、海岸に向かってゆっくりと下っていた。赤みがかった砕けた貝殻が敷いてある道が、四方に伸びている。道に沿って派手なサボテンや、肉厚で薄青緑の竜舌蘭が黄緑色の花をたくさん咲かせている。繊維で布を織ったり、このあたりでよく飲まれているプルケ(甘い酒)となったりする植物だ。どこもかしこも緑に覆われ、桃やオリーブが生い茂り、その木陰を色とりどりの草が覆っている。その緑のあちこちで、白い石が敷き詰められた池が輝き、背の高い散水機が空気を湿らせている。
 庭は、多数の鳥のさえずりや鳴き声、動物の鳴き声やうなり声で満たされていた。そしてクリストが見たこともない動物たちがいた。
 道を横切っていく青銅色のトカゲには、足が六本あった。木の枝から二つ頭の蛇が顔を出した。クリストは驚いて、シューシュー言う二つ頭の爬虫類の赤い口から逃れようと、飛び退いた。
 しかしジムが大きくシッと言うと、蛇は頭を振って木の枝から落ち、葦の草むらの中に姿を消した。別の長い蛇が、二本の前足でにじりながら道に這い出てきた。金網の向こうでブーブーいっている豚は、額の真ん中にある大きな一つ目で、クリストを見ていた。
胴体がくっついた二匹の白ネズミは、双頭八本足の怪物のように、ピンクの道を走っていた。時々白ネズミは争って、右のネズミは右へ、左のネズミは左へ行こうとして、どちらも不機嫌そうに鳴いた。だいたい右のネズミが勝っているようだ。
 道ばたでは、胴体がくっついたシャム双生児の羊が牧草を食べている。彼らはネズミのようにケンカはしていない。見たところ羊たちは完全に一匹として存在しているようだ。
 次に見たものは、特にクリストを驚かせた。それは毛の生えていないピンクの犬で、その胴から這い出したかのように、小さな猿の上半身が生えていた。犬はクリストに近づいて尻尾を振り、猿は犬の背中をたたきながらクリストを見て鳴いた。
 インディオがポケットから砂糖のカケラを取り出して、小さな猿に差し出した。しかし、すぐに誰かがクリストの手を引いた。背後で「シッシッ」と声がする。クリストが振り返ると、ジムだった。
 ジムが、小さな猿には食べ物を与えてはいけないと身振り手振りでで説明しているうちに、オウムの頭をしたスズメが飛んできて、クリストの指先から砂糖のカケラをついばむと、藪の中に逃げ込んでいった。
 向こうの草地で、牛の頭をした馬がモーと鳴いた。二匹のラマが、馬の尻尾をふりながら駈けていった。
 草むらから、藪の中から、木の枝の中から、奇妙な爬虫類、動物、鳥たちが、クリストを見ていた。猫の頭をした犬、鶏の頭をしたガチョウ、角のある猪、鷲の嘴をもった駝鳥、ピューマの体の雄牛……。
 クリストは、自分がおかしくなった気がしてきた。彼は目をこすったり、噴水の冷たい水に頭を突っ込んだが、何の助けにもならなかった。池には、魚の頭とエラを持つ蛇、蛙の足を持った魚、トカゲのように長い体を持った巨大なヒキガエル……。
 クリストは、そこから逃げだしたかった。
 ジムはクリストを、砂地の広場に連れていった。
 椰子の木に囲まれた敷地の真ん中に、ムーア様式の白い大理石でできた別荘が建っていた。椰子の木の間に、門と柱が見えた。イルカの形の銅の噴水が、金魚が遊ぶ透明な池に、滝のように水をそそいでいる。
 正面玄関の前にある、もっとも大きな噴水は、神話上のトリトン(『トリトン』ギリシャ神話に登場する海の波の神。法螺貝を吹くことにより、荒波を呼んだり止めたりする。)のように、イルカに乗って法螺貝を口に当てた若者の形をしていた。
 別荘の背後には、いくつかの住居と施設があり、その向こうにある白い壁まで鬱蒼とサボテンが茂っていた。
(また壁だ!)と、クリストは思った。
 ジムは、小さくて涼しい部屋にクリストを案内した。身振りでここが彼の部屋だと示すと、彼を残して出ていった。

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