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レオとアルテナ

角川スニーカー文庫のノベライズを執筆後、筆が止まらなくなって、書いたもの。
シリアス系です。



「白の騎士 レオ」
 意識のないヒイロを自ら居城である白の塔の牢に放り込んだ。
 「お前はどうする」
 羽の生えたピンクの猫、ルビィにそう問いかける。
 ルビィは黙って牢の中に入り込み、ヒイロの隣に座り込んだ。
 牢を閉じ自室へ戻る。
 ここは、息がつまるような場所だ。
 ペンタグリアの白の塔は、いつまでたってもなじめない。
 同じ日に得たバルガンを、その瞬間からわが身わが家のように感じたというのに、同じくアルテナ様から与えられたこの白の塔は、なぜこうも寒々としているのだろう?
 ……いや、この息苦しさは、ペンタグリアのどこにいても感じる。
 つい先日まで、いや正確には、あのルーシアやヒイロたちを、ペンタグリアに連れていくという決定をするまでは、この息苦しさを、心地よい緊張として捉えていたはずなのに……。
 なじみの顔が、いないからかもしれない。
 奇妙なことに、バルガンの部下たちは、ペンタグリアへの上陸が許可されていない。
 もちろんレオが手を回せばそのような許可を得ることなど簡単なのだが、レオは可愛い部下に対してであっても、ひいきはしない。
 たとえ自分自身が、バルガンの乗員たちの働きが、上陸許可に見合うほどのものであると認めていたとしても、すべてはアルテナ様の決定に従うのみだ。
 ……それに、彼ら自身それを望んではいない。
 彼らは口をそろえてこう言う。
 自分たちは神団にではなく、レオに惚れ込んでここにいるのだと。
 人々を守るため、怪物や魔物と果敢に戦うレオに惚れ込んだのだと。
 まさに、それこそが彼らが出世できない理由なのだ。
 自分にではなく、神団に忠誠を誓う者が、自分のもとに参じることもある。
 だが、そうした戦士たちは、ペンタグリアへの内勤、つまり聖堂騎士として取り立てられていく。
 そして聖堂騎士は、名目上レオの部下ではあるものの、実質自分から命令を受けることはない。
 そして任務に忠実で、腕がたち、なにごともそつなくこなす。
 自分がヒイロを担いで歩けば、すぐに荷物を受け取ろうとやってくる。
 なのにいつまでたっても、たとえ一時バルガンにいた者であっても、自分は聖堂騎士たちとの間に、見えない壁を感じていた。

 ……ばかげている。
 行動を共にしていなくても、同じ部下ではないか。
 
 しかしレオは、あえて彼らを下がらせ、ヒイロを担いで塔の最上階に登った。
 まるで、体を動かすことによって、考えまいとするかのように。
 
 ……何を自分はいらついているのか?
 
 アルテナ様の命令を、遂行できなかったからか?
 魔王ルーシアをペンタグリアに連れ込んだ、自らのミスに対してか?
 そして、それについてはなんの咎めもなかったからか?
「違う!」
 その自分の叫びに驚いた。
 何が違うというのだ? 違うはずがないではないか。
 
 ……バルガンに帰ろうか?

 そう想ってから、その自分の想いに、違和感を感じる。
 白の塔こそが、アルテナ様からいただいた我が居城。
 なのに、白の塔ではくつろげず、バルガンに帰ろうかと想う、その想いはどこからくるのか?
 なぜにこうも、白の塔、いやペンタグリアに、自分はなじめないのか?
 自分の、二種類の部下。
 ペンタグリア勤めの者たちと、バルガンで行動を共にする者たち。
 日々行動を共にしているバルガンの部下たちを、より身近に感じるのはいたしかたないとしても、ペンタグリア勤めの部下たちを、自分の部下として感じることができなさすぎる。
 いくら自分がペンタグリアを留守にしすぎ、ペンタグリアの聖堂騎士たちを指揮することがないのだとしても……。

 ヒイロ……。
 まっすぐな少年。
 かつて自分がそうだったはずの。
 ほとぼりがさめたら、部下としてバルガンに乗せるという名目で、ここから連れ出してやろう。
 見所はありそうだが、このような状況では、部下として居着くことはあるまい。
 それでも、まぁ、いい……。
 ……なにを私は、年寄りのようなことを考えているのか? 現実には、さして歳の差など、ないというのに。

 ふとなにげなく目を落とした机の上の、積み上げられた連絡事項の中に、ロンファの名前を見つけて、それを手にとる。
 今日、ペンタグリアへ運んだ予定外のゲストたちが、ことごとく、異なる理由で牢に投じられたことを、その一枚の紙切れが、端的に伝えていた。
「どういうことだ?」
 驚きよりも、とまどいを感じた。
 いや……、こうした違和感は、以前から感じていた。
 ただ今まではそれを、気のせいと自分の心の奥底へ、しまい込んでいたにすぎない。
 立ち上がり、そしてまた椅子に座り込む。

 今、いったい私はなんのために立ち上がったのだ? 何をしようとしたのだ?
 ……あの少年とネコ……ルビィなら、どうするだろう? あの真っ直ぐな、あまりにもまっすぐで、直情的にかなうはずもないガレオン殿に斬りかかった、あのヒイロなら……。

 首をふって自分の想いを否定しようとする。

 私は何を考えているのだ! 自分でしなければならぬ判断ではないか!
 ……私は何を判断しようとしたのだ?

 知らず知らずのうちに、レオは部屋の中をぐるぐると歩きまわっていた。
 扉がノックされる。
「入れ」
「失礼します。
 食事と明かりをお持ちしました」
 レオの世話係の聖堂騎士だ。
 気づくと、ずいぶん暗くなってきている。
「うむ」
「他に何かご用はございませんか?」
「少し考え事をする。
 朝まで邪魔をしないように、全員に伝えろ」
「はい、承りました」
 そして聖堂騎士は、一礼して下がる。
 ひとりでの食事。
 上等な。
 だが味気ない。
 バルガンでも、ひとりで食事することなど、めずらしくはない。
 警戒体制に入れば、食堂に集まって食事などという悠長なことはできなくなる。
 だが、たとえひとりで食べていても、バルガンでなら部下たちと共にあるということを、常に感じていられるのだ。
 だが、ここにはそれがない。
 アルテナ様と共にあるのに。
 信者たちの中でも、特に認められた者たちに囲まれているのに。
 なのに、ここでは孤独だ。

 ……もしかすると、ロンファに戻って来てもらいたがっていたのは、マウリのためだけではなく、私自身のためだったのかもしれない。

 以前はペンタグリアにロンファがいた。
 忙しいマウリと会えぬことはあっても、ロンファはスケジュールを調整して、常に待っていてくれた。
 「くそっ! 私は何をうだうだ考えているのだ!」
 そう吼えながら、両手でテーブルを叩く。
 テーブルの上の皿が踊り、スープが飛び散る。
 しばらく料理を睨み、その後まるで噛みつくように、料理を一気に掻き込んだ。
 食べてしまってから、ヒイロには何も食べさせていないことを、思い出した。
 部下に何か運ばせようかと考えて、部下を下がらせたことを思い出した。
 聖堂騎士の詰め所まで行けば、そう手配することもできる。
 だがそれはなんとなく、はばかられた。
 聖堂騎士たちは、くだらぬ命であっても、忠実にこなすだろうが、何もかもが清潔で、規則的なこのペンタグリアで、その雰囲気の一部でもある聖堂騎士たちを、一度下がらせた上で呼び戻し、囚人の食事の用意をさせることは、なんとなくはばかられるのだ。
 バルガンであれば、例外などいつものことなのだが……。

 ……しかたあるまい。

 予定よりは早いが、ヒイロをバルガンに移そう。
 あの調子では、ルーシアを返せと暴れかねぬが、白の塔の牢よりは、バルガンの牢の方がいいだろう。

「女神アルテナ」
 レオが白の塔で料理を片づけていたころ、アルテナもまた孤独な食卓についていた。
 ただし、アルテナはひとりではなかった。
 ライナス、ボーガン、マウリとの、会食である。
 後ろにガレオンも、侍っている。
 ……レオには、知らされていない会食だ。
 アルテナの席は、もちろん最上座ではあるのだが、実際にそう感じることは、できなかった。
 アルテナは、この会食のたびに、子供の頃のみじめな気分を思い出す。
 自分を見もせぬ大人たちと共に、末席で、発言も、席を途中で立つことも許されぬまま、音ひとつ立てず食事を済ませなければならなかった、あの頃を。
 たとえ、彼女がなにかミスをして、注目を集めることになっても、大人たちは何も言わない。
 ただ冷たい視線で、彼女を一瞥するだけだ。
 彼女の、ごめんなさいを聞いてくれる者さえ、いなかった。
 ボーガンとライナスは、何やら小声で話している。
 マウリは黙っている。
 ガレオンもまた、無駄に口を開くことはない。
 誰も、アルテナには話しかけない。
 注目もしない。
 唐突に、アルテナは発言した。
「妾はそろそろレオを、この席に呼ぼうと思う」
 一瞬、視線がアルテナに集まるが、そのまなざしに含まれた冷笑を、アルテナは感じた。
「ご随意に。
 アルテナ様に反対はいたしませぬ。
 ですが……」
 マウリは、薄く笑っている。
「だが、なんじゃ。ゆうてみよ」
「真実を知った兄様が、今まで通りアルテナ様を敬愛いたしますのかしら? と、思いまして」
 アルテナは、反射的に手にしていた盃を、マウリに投げつけた。
 マウリが何を言いたいのか、わかったからだ。
 ……あなたは、自分を敬愛するペットが欲しいのでしょ?
 だけど、あのレオがあなたの正体を知ってなお、あなたを敬愛するわけないじゃない……。
 マウリは避けもせず、赤い酒を血のようにしたたらせながら、何事もなかったかのように、食事を続ける。
 アルテナは、できることなら常に信者たちに囲まれていたかった。
 彼女だけを見つめ、彼女だけを敬う、信者たちに。
 だが、ガレオンがそれを許さなかった。
 彼女がたびたび、今のマウリに対するような、直情的な行動を押さえられなくなるからだ。
 今や、手順の決まったセレモニーや会見以外、今や彼女が信者たちと交わる機会はない。
 交流する機会があったとしても、彼女を文字通り神と崇め、美しさを称え、彼女を喜ばせる信者の言葉も、結局は神頼みを叶えて欲しいがゆえと知った時、彼女はひどく荒れるのだ。
 たとえそれが、ひどい苦しみから逃れたいという祈りであろうとも、彼女は彼女への敬愛よりも、そうした望みが優先されることを、許さなかった。
 だが、レオだけは違った。
 レオには、先払いしてある。
 レオは、それ以上何も望まない。
 それ以降レオは、常に彼女に対し、敬愛とあこがれのまじったまなざしを向ける。
 感謝し、彼女のために働き続け、彼女を称える。
 だが、レオはゾファーに嫌われていた。
 バルガンの乗員たちも、ゾファーに嫌われていた。
 ゾファーと、その意思を汲むゾファーの申し子たちに。
 レオは、アルテナを信じている。
 だが、その行動原理は、つきつめれば弱き者を守りたいというところにあるのだ。
 だから、各地を回っての怪物退治という、いわば神団の中でも苦労と危険ばかりが大きな閑職を、嬉々として続けていられる。
 そのレオが4英雄のひとりに取り立てられたのは、ひとえに世間受けが良かったからである。
 行動範囲の大きな、そして世間にとってしごくわかりやすく、助けになり、しかも立っているだけでも目立つ彼は、アルテナ神団の中でアルテナについで……、いや身近という意味ではアルテナよりも、有名な人気のある人物であり、もはや無視はできなかったのだ。
 ……アルテナは、いまだ半ば伝説のままだ。
 神秘性を持たせるために、わざとそうしているということもあるが……。
 レオは、ゾファーの意思に適わない。
 だがレオは、誰よりもたくさんの信者と寄進を、アルテナ神団に導く、すばらしい宣伝マンなのだ。
 もしレオを、この会食の席に招いたなら、彼は大喜びするだろう。
 だが、この会食の席に招かれるのは、真実を知る者のみ。
 真実を知り、ゾファーを受け入れた者のみ。
 真実を知ったレオが、生のままでゾファーを受け入れることは、あるまい。
 そしてもちろん、彼女を。
 レオが彼女を敬愛するのは、彼女がアルテナであり、アルテナとしてレオの妹の命を救ったからなのだ。
 ……真実は、違う。
 とすれば、レオに洗礼を施す、という手がある。
 洗礼を施し、ゾファーの申し子となったレオであれば、アルテナの元にとどまるだろう。
 しかし、レオ本来の気質は失われる。
 もはやその時、レオはアルテナに対し、彼女が望むようなまなざしを向けることは、なくなるだろう。
 マウリは、そう言ったのだ。

 ……あなた、男が欲しいんでしょ? 本当は女神ではないあなたに、兄上が心動かすはず、ないじゃない。

 アルテナには、そう聞こえた。
 「妾は気分が優れぬ!」
 アルテナは席を立ち、振り返りもせず、その場を去る。
 視界の隅で、ガレオンが冷笑していた。
 寝室に飛び込み、ドレッサーの前に座る。
 美しい自分の姿を見て、いくぶん心が落ち着く。

 ……そうとも、妾には微笑みこそがふさわしい。

 アルテナは、自分の後ろに立つのが、ガレオンではなくレオである様を、想像する。

 ……ゾファー様にお願いすれば、今のままのレオを侍らすことも、できるはずじゃ。
 妾を敬愛し、妾を信じる、あのレオを。
 妾のことを見下し、無視し、あざける、あのものたちではなく。
 あのものたちは、妾の美しさを認めようとはせぬ。
 妾のことを、ただ美しいだけの無能なあやつり人形だと、思っておる。
 だが、現実はどうじゃ? この美しき妾なしでは、アルテナ神団は成り立たぬではないか? 人も寄進も、美しき妾に対して、ささげられているではないか?
 妾が微笑めば、レオはそれだけで至高の幸福を得るであろう。
 妾が面に物憂げな表情を浮かべれば、レオはおろおろと心配し、妾の憂鬱を取り除くために、働いてくれるであろう。
 ……なのに、妾の元にはレオがおらぬ。
 あのものたちが、レオと妾を隔てておる。
 レオが・欲しい。
 ゾファー様、妾はレオを欲します。
 妾は妾の信者を、欲します。
 妾だけを見つめ、妾だけを信じ、妾のためにあらゆる犠牲をいとわぬ、レオを欲します。

(求めるがよい。)

 そのゾファーの声を聞き、アルテナは満足げな微笑みを浮かべる。
(心の赴くまま、求めるがよい。
 己が欲する全てを、手にするがよい。
 お前の美しさがあれば、レオは真実を知っても、お前の元にとどまると、そうは思わぬか?)

 ……その通りじゃ。
 妾の美しさゆえに、レオは危険な任務を、次々とこなすのではないか? それ以外に、何がある?
 妾は美しい。
 それゆえ信者たちは集うのじゃ。
 妾は美しい。
 それゆえ寄進が集まるのじゃ。
 妾は美しい。
 それゆえレオは、妾のものじゃ。
 妾は美しい。
 妾は美しい。
 妾は美しい……。
 
「白の塔」
 レオは所在なげに、白の塔の内部をうろうろと歩き回っていた。
 自分には、留守の間に変わったことがなかったか、確認すると言い分けているが、足はともすると、最上階の牢へと向かってしまう。
 
 一度は、ヒイロ(と、ルビィ)を、バルガンへ移そうと決心したのだが、心は揺れ動く。
 自分には、ほとんど迷ったことがなかったはずだ。
 たとえ魔物退治のために、右も左もわからぬ迷宮に突撃するのだとしても、右も左もわからぬなら、どちらを選んでも同じ。
 だが、迷えば確実に時間をロスするとばかりに、即決即断を下した。
 もっと複雑な場面では、自らに「正義はいずこにあり」と問うだけですんだ。
 
 ……ヒイロの処分は、アルテナ様にまかされた。
 あとは、牢に閉じ込めておこうが、バルガンに連れていこうが、私の自由だ。
 だが、他の者たちは、どうなる?
 ロンファ、ジーン、レミーナ……。
 三者を捉えたのは、私と同じく、アルテナ様に認められし英雄。
 その判断を疑うということは、アルテナ様を疑うも同じ。
 だが……。
 だが、アルテナ様と異なり、人である私が魔王ルーシアをペンタグリアに導びいてしまったように、人ならば誤ることがある。
 ならば、三者の投獄は、誤りであるかもしれぬ。
 ここはマウリに、そしてライナス殿やボーガンどのに相談して……、ダメだ。

 大きく首を横に振る。
 縦割りの組織の中では、別のグループに口出しすれば、組織を乱す。
 複数の指揮官がいては、勝つ戦いも負けてしまう。
 口を出すわけにはいかない。

 だから、今はヒイロだけでもバルガンに移し……。
 だが、他の者たちのことを放置していいものだろうか? 私の正義が、それに疑問を挟む。
 ……どうして私は、その疑問に答えないのか?
 とりあえず、ヒイロをバルガンまで連れてきても、出来ることはアルテナ神団の影響が少ない辺境ででも、バルガンから放り出してやるぐらいだ。

 レオは物置に行く。
 たいして物は、置かれていない。
 ヒイロの旅支度にと、そこらにあるものをかき集め始める。
 身を守る剣、野営の時に使う毛布。
 火口箱。
 薬や包帯のたぐい。
 アルテナ神団に入信したばかりのころ、まだバルガンも部下もなく、ただひとり神団の名のもと、人々を悩ます怪物を求め、さすらった日々を思い出す。
 物置の隅に、何やら入ったままのザックを見付け、逆さまにして中身を床にぶちまけ、代わりに集めた物を詰め込んでいく。
 最後に、自分のポケットマネーを財布ごと、旅費として押し込んだとき、床に転がる仮面と目があった。
 他の雑多ながらくたに埋もれながら、それはじっとレオを見ていた。
 レオは、以前その仮面を他の雑多な物と一緒に、自分でザックに詰め込んだことを、思い出した。
 アルテナ様に一生を捧げる決心をし、マウリやロンファと一緒にラクラルの村を離れるとき、寄進のつもりで持ってきたものだ。
 レオの家に昔からあった仮面は、まだ少年だったレオたちの、格好のおもちゃだった。
 ロンファがそれをかぶり、悪の魔法皇帝のつもりになって、アルテナ様のつもりのマウリを追いかけた。
 ドラゴンマスター・アレスのつもりのレオが、そのロンファを退治するのだが、いつも本気になってロンファを叩きのめし、ぶつくさ言われた。
 いつぞやロンファが、いつもレオがいい者で、オレが悪者なのはずるいと言い出して、役割を変わったことがある。
 だが遊んでいるうちに、なぜかロンファはマウリを追いかけていて、魔法皇帝はそれを叩きのめす正義の味方になっていた。
 のちにマウリに、「私も、ドラゴンマスターや、魔法皇帝をやりたかった」と言われて面食らったのも、懐かしい思い出だ。
 今では兄妹そろって、アルテナ様に仕える身。
 ロンファだけが、牢の中……。
 その仮面がここにあるのは、まがりなりにもこれがマジックアイテムで、寄進のつもりで持ち出したのだが、偉くなりはじめたころ、私物として返却されたためだ。
 もとより子供がおもちゃにする程度の品。
 いままでずっとしまい込み、忘れてしまっていた。
 ふと、その仮面を面に当ててみる。
 仮面の目を通して見た景色は、いつもと違って見えた。
 しずかな白の塔。
 この仮面で遊んでいたころは、納屋が立派な城であり、塔だった。
 なんの迷いもない日々、正義は正義で、悪は悪だった。
 悪とは、マウリを恐がらせ、悲しませる全ての事象だった。
 マウリを守りたい。
 それが正義の原点だった。
 正義とマウリが、相反するものになる可能性など、考えたこともなかった。
 だが……。
「これでいいか」
 レオは、意識もせずそう自分の想いを口にした。
「これでいい。
 私は、白の騎士レオではない。
 たぶん、永久に」

 ……私は今、アルテナ様を裏切ろうとしているのだろうか? ガレオン殿が、仮面をかぶって魔法皇帝となり、アルテナ様を裏切ったように。
 だが私は、アルテナ様に害をなすつもりはない。
 害なす者がいれば、この剣で斬る。
 その気持ちに変わりはない。
 だが、これも一つの裏切りなのだ。
 私が四英雄の器に、見合わなかっただけのこと……。
 
 そしてレオは、そうすることになんの意味もなかったが、白の塔の最上部にある、ヒイロを閉じ込めた牢のある場所まで、一気に駆け登った。
 
「女神の塔」
 女神の塔の下に、アルテナはいた。
 その直前、ルーシアとその仲間たちの逃亡に手を貸したのが、レオだと知った。
 レオは真実を知ったその足で、バルガンを発進させた。
 今また、そのレオの妹が、ルーシアを取り逃がした。
「この役たたずが!」
 そう叫びながら、アルテナはマウリを打った。
 血が流れ、血だまりを作り、ついにマウリが自らの血だまりの中に倒れても、まだ気が治まらなかった。
「ガレオン! ガレオンはどこじゃ! すぐここへ参れ!」
 ガレオンが、レオを捉えてくるはずだった。
 だが、ガレオンはレオを逃がした。
「すぐ来いというから、放置してきた」
 それがガレオンの答えだった。
 アルテナは、嘆いた。
 レオの敬愛も、レオのアルテナへの熱き忠誠も、真実を知って露と消えた。
 彼女の美しさも、レオを引き止めておくことは、できなかった。
 操り人形としてでもいいから、手元に置こうと決めていたのに、ガレオンは彼女の望む物を、与えてくれはしない。
 偽のアルテナ、偽のドラゴンマスター、偽の英雄たちの中で、レオだけが本物であり、それゆえレオの敬愛もまた本物であってほしいと願ったのに。
 彼女には、何も残らなかった。
 ……信者たちの信仰など、信じることはできぬ。

 妾自身を、愛してなどはくれぬ。
 誰も、妾のことなど、気にかけてはくれはせぬ。
 だが、ゾファー様は違う。
 ゾファー様だけが、妾と妾の美しさを、同等に認めてくれるのじゃ。

 彼女は涙を流して天を仰ぎ、ゾファーを必要とした。
 彼女には、それしかできなかった。
 彼女には、それしか残っていなかった。