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スターロードと運(システム的ネタばれ)

Date:1999/10/26(火) 10:21
Name:山北 篤

 この文章を読むと、スターロードのプレイの面白さが多少損なわれる可能性がある。特に、プレイヤー専業の人は、読まないほうがいいだろう。

 また、この文章はスターロードのルールを読んでおかないと、用語が理解できない可能性が高い。



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 スターロードの難易度システムが、なぜトランプで行われるのか。実際にプレイし始めてみると解るのだが、ルールを読んだだけではなかなか理解できないようだ。

 実はこのルール、「失敗を運のせいにしない」ということを目標としてデザインされたルールなのだ。つまり、「成功不成功は、自分の今までのプレイによって左右される」ということを、ロールプレイ的にではなくシステム的に解決しようというアプローチでデザインされている。

 つまり、システムそのものがゲーム的障害としてプレイヤーの前に立ちふさがり、それをプレイヤーたちが協力して突破するという構造を提供しているのだ。

 ちょっと計算してみるとわかるのだが、難易度を決めるためのディスティニーデックの枚数は、意外と少ない。

 プレイヤー4人の場合を考えてみよう(スターロードは、4人でプレイするのが最適なRPGである)。トランプ54枚(ジョーカーは2枚入る)から、壊力デックに17〜21枚使われる。さらに、各プレイヤーに1枚ずつ初期命力が配られるので、ディスティニーデックは、29〜33枚しかない。

 これは、シナリオが進むにつれてどんどん減少し、各プレイヤーが5〜6枚命力を集めているであろう終盤近くになると、10数枚しか残らないのだ。そして、判定は難易度2が中心なので、これでは7〜8回くらい判定すれば、すぐにディスティニーデックが一周してしまう。

 しかも、この少ないデックの中に、必ずジョーカーが2枚入っている。つまり、このままでは数回に1回は、必ず判定に失敗してしまうのだ。

 これって、ルールの欠陥だろうか? いいや、違う。わざとこのようにデザインしたのだ。

 このように少ない枚数しかないディスティニーデックだけに、プレイヤーは積極的にデックの内容を操作することができる。「カードの数字の合計が目標値になる」、「エースが出ると自動成功となる」わけなのだから、命力カードとしてできる限り大きな数字のカードを手札にし、使用する命力は小さな数値(可能ならばエース)から捨て札にすることで、ディスティニーデックのカードの数字を下げることができる。つまり、同じ難易度の判定であっても、目標値を下げることができる。

 実際、何の操作もなされていないデックでは、難易度2のときの目標値の期待値は14である。絵札が多いぶんだけ、目標値20の判定をさせられる可能性は非常に高い。しかし、プレイヤーが全ての絵札を手に握ってしまうと、目標値の期待値は11に下がってしまう。

 目標値20だと成功はおぼつかないが、目標値11だと得意技能の判定ならばまず成功するはずだ。

 さらに、10数枚の中に、エースが4枚とも入っていたなら、2〜3回に1回は自動成功することすら期待できるのだ。

 そして、スターロードでは、クライマックスにおいてロングアクションを行うことが奨励されている(ダークパワーにロングアクションを要求するものが多い)。これは、科学者であるウィザードを暇にさせないという意味とともに、今までのプレイの結果得られたディスティニーデックを、実際に目の当たりにさせるという目的もあるのだ。

 つまり、(クライマックス近くで)判定にバンバン成功するのは、今までのプレイヤーのプレイがうまかったからだし、そうじゃない場合、プレイがどこかまずかったのだということを、システム的に表している。

 そして、プレイヤーは、ロングアクションの目標値というものによって、その結果を感じることができるのだ(特にウィザードは)。

 もちろん、これが次善の策であることは理解している。本当なら、このような状況は、シナリオとストーリーによって与えられたほうが面白いはずだ。ストーリー的にプレイヤーがうまいプレイをすることで、後になって有利になっていくというほうが物語として美しいし、カッコいい。

 けれど、それはゲームマスターに対する要求が高くなるだけだと考えたため、システム的にそのあたりをフォローしてしまおうとしたわけだ。

 これがうまく働いているかどうかは、皆さんが判断して欲しい。ただし、これらの思想が理解される必要は無いのだ。いや、こういうことを意図してやっていると見抜かれてしまうと、かえって困る。なぜなら、スターロードは、RPGとしての意思決定の練習として、カードゲームとしての意思決定をさせているRPGだからだ。

 プレイヤーがプレイの中で、「こうしたほうが得そうじゃん」と考えてもらうこと、その延長として「判定とは、自分の行動の反映である」と体感してもらうことが目標なのだ。なにしろ、目標値の大きさすら自分たちで操作できるのだから、これで「全ては運のせいだ」とは言いにくいだろう。

 誰だって、他人に理屈を言われてそうするのと、自分の体験からそう考えるのでは、後者のほうがずっと身につくものね。

 実際、そのようなシステム的なルールの苦手な人たちですら、誰か一人がこの構造に気がつくと、嬉しそうにカードを回しはじめることが観測されている。なぜそうすべきかが誰にでも解るくらいに簡単なこと(基本は、デックのカードを小さくすることだ)、捨てるべき最善のカードが自明ではないこと(プレイヤーが自分の手札をどう使う予定なのかによって、捨て札にすべきカードは変わる)、その割りに自分で簡単に決断できる(どのカードを捨てるかくらい、ルール上手な人に聞かなくても、自分で決められる)ことなどが、その原因ではないかと思われる。

 繰り返すが、本来はこんな文章は書くべきではないのだ(ネタばれはよくないからね)。ただ、プレイヤーの眼から隠すために、ルールブックから排除してしまったデザイン思想について、つい書いてみたくなったので、ここに載せてしまった。だから、あまり友達には触れ回らないで欲しい。

 こんなことは、解る人だけ解ればいいのだから。

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