(C)hosoe hiromi
 "■このごろ堂へ"はまりもの両棲人間HOME

アレクサンドル・ベリャーエフ 作
「両棲人間」

Александр Беляев
Человек-Амфибия

細江版翻訳

2003.11.3
2005.1.15 最終更新日

6 脅威の庭

第六章 驚異の庭

 一週間後、クリストが戻ってくると、サルバトール博士はじっくりと彼を見ながらこう言った。
「クリスト、よく聞きなさい。私はお前を雇い、食事と賃金を与えよう」
 クリストは慌てて手を振った。
「あっしは先生様のお役に立つことができさえすれば、他に何もいりやせん」
「黙って聞きなさい」と、サルバトール博士は先を続けた。「ただし、一つ守って欲しいことがある。お前がここで見たことについて、口をつぐんでもらいたい」
「一言でも話しそうになりやしたら、あっしは自分で舌を切って、犬にくれてやりやすとも」
「そうしないですむようにな」と、サルバトール博士は警告し、そして白衣の黒人を呼んだ。「彼を庭のジムの所に連れて行きなさい」
 黒人は無言で頭を下げると、クリストを白い建物から連れ出すと、裁判所のような建物に入り、第二の壁の鉄の扉を叩いた。
 扉はきしみながらゆっくりと開き、犬の吠える声が聞こえた。
 黒人は、しわがれ声で中にいる別の黒人を呼び、クリストを扉の中に押し込んだ。
 クリストは、恐ろしさのあまり、すでに閉まっていた扉まで後ずさりした。
 目の前で、黄褐色と黒の毛皮の、見たこともない獣が吠えていた。
 もしクリストが、パンパス草原でそいつを見たなら、ジャガーだと思っただろう。けれどその獣は犬のように吠え、走っていた。
 しかし今のクリストにとって、その動物が何であり、どんな攻撃をしてくるかなど、大事なことではなかった。とにかく近くの木に走り、急いで登り始める。
 黒人が、犬たちに、怒ったコブラのようにシーッと言うと、犬たちはすぐ静かになった。吠えるのを止め、黒人の足元に伏せ、細長い足を投げ出したまま、なおクリストを疑いの目で睨みつけている。
 黒人は、クリストが登った木の下に来ると、もう一度シーッと言い、降りて来いとインディオに手を振った。
 クリストは、木の上から聞いた。
「なんで蛇みたいにシーッって言うんだい? 舌が無いのかい?」
 黒人は何も言わなかったが、怒っているようだ。
(たぶん、話せないんだ。)そして彼は、サルバトール博士の警告を思い出した。(サルバトール博士は、本当に秘密を喋った使用人の舌を切っちまうんだろうか。)
 クリストは、突然登っている木が心もとなくなり、壁を見た。飛び移ることはできそうにない。しかし黒人は木に近づいて、彼の足をつかむと、気短に彼を引っ張った。
 考える暇もなくクリストは木から飛び降りさせられた。
(「地獄に行ったら、悪魔とだって仲良くしろ」って言うからな)
 彼は黒人に手を差し出した。そして親しみを込めて微笑んだ。
「ジムかい?」
 黒人は、うなずいた。
「声が出せないのかい?」
 黒人は何も答えない。
「話せないのかい?」
 黒人は無視している。
(口の中を見てみたいもんだ。)
 クリストは、身振り手振りで話し掛けたが、それでもジムは相手にせず、クリストの手を取ると、赤い獣の前に差し出させて舌打ちした。
 獣は手の匂いをくんくんと嗅ぐと静かに立ち去ったので、クリストは少しほっとした。
 ジムはクリストに、ついて来いと身振りした。どうやら庭を案内すると言っているらしい。
 庭には緑があふれ、石畳と息苦しい裁判所のような建物の後では、それが心地よかった。庭は東の海岸の方に伸び、次第に下り坂になっていた。赤みがかった貝殻が敷いてある道が、四方に伸びている。道の近くには、変わったサボテンや、肉厚で薄青緑のリュウゼツランが栽培されている。このあたりの人々にとって、繊維で布を織ったり、飲み物となったりする、貴重な植物だ。
 どこもかしこも緑に覆われ、果樹園では桃とオリーブが混在して、厚い下草に影を落としている。その緑のあちこちで、白い石でできた池が輝き、散水機が空気を湿らせている。
 庭は、こちらをうかがい見る動物と、耳障りな鳥たちのかなきり声、そしてさえずり歌う声に満ちていた。しかしクリストは、あの妙な獣の住処であるこの庭の、珍しい動物など、見たくもなかった。
 確かにこの庭には、見たこともないような動物たちでいっぱいだった。
 道を横切っていく青銅色のトカゲには、足が六本あった。
 木の枝から二つ頭の蛇が顔を出す。クリストは驚いて、シューシュー言っている二つ頭の爬虫類の赤い口から逃れようと、横に飛んだ。しかしジムが大きくシッと言うと、蛇は頭を振って木の枝から落ち、草むらの中に姿を消した。
 金網の中からクリストをブーブーと見上げた子豚には、額の真ん中にある大きな目がひとつあるきりだ。
 二匹の白ネズミは胴体がくっついていて、二つ頭で八本足の怪物のように動いていた。左右のネズミはチューチュー言いながら別々の方向に向かおうとし、それには右のネズミが勝っているようだ。
 その近くでも胴体がくっついたシャム双生児の羊が牧草を食べている。彼らはネズミのようにケンカしていない。見たところ羊たちは完全に一匹として存在しているかのようだ。
 次に見たものは、特にクリストを驚かせた。
 それは毛のない裸の犬で、その胴から小さな猿の上半身が生えていた。
 犬はクリストに近づいて尻尾を振った。猿は犬の背中をたたきながら、クリストを見ていた。そして一緒に鳴いた。
 彼がポケットから砂糖のカケラを取り出して、小さな猿に差し出すと、ジムがその手をつかみ「シッシッ」と言った。
 ジムが、小さな猿には食べ物を与えてはいけないと身振りで説明しているうちに、オウムの頭をしたスズメが飛んできて、クリストの指先から砂糖のカケラをついばむと、藪の中に逃げ込んでいった。
 向こうの牧草地で、雄牛と一緒にいる馬がモーと鳴いた。
 二匹のラマが、馬の尻尾をふりながら駈けていった。
 木の枝から、藪の中から、クリストの頭上から、奇妙な爬虫類、猫のあまたを持つ犬。雄鶏の頭を持つ鵞鳥、角のある猪、鷲の嘴をもった駝鳥、ピューマと一体になた雄牛が姿を現す。
 クリストは、自分がおかしくなったような気がしてきた。
 噴水の冷たい水に頭を突っ込んで顔を洗ったが、何の助けにもならなかった。池には、魚の頭とエラを持つ蛇、トカゲのように長い体にカエルの足がある巨大なヒキガエルがいたからだ。クリストは、じぶんが元の世界に戻れるかどうか疑った。
 ジムは、クリストを、椰子に囲まれたムーア様式の白い大理石の別荘が建ち並ぶ、砂地の広場に連れていった。
 椰子の並木の向こうに門があり、イルカの形の銅の噴水が、金魚が遊ぶ透明な池にそそいでいた。
 正面玄関の前にある、もっとも大きな噴水は、神話上のトリトン……ギリシャ神話に登場する海の波の神であるトリトンと同じように、イルカに乗って法螺貝を口に当てた青年に模されていた。
 いくつかの住宅と、その背後にある棘だらけのサボテンの茂みの向こうに、白い壁があった。
(また壁だ!)
 ジムは、小さくて涼しい部屋にクリストを案内し、身振りでここが彼の部屋だと示すと、彼を残して出ていった。

次へ