(C)hosoe
◆両棲人間もくじ >  ◆小説もくじ

アレクサンドル・ベリャーエフ 作
「両棲人間」

Александр Беляев
Человек-Амфибия

2005.1.15
2020.06.05
2023.10 最終更新日

第二十四章 捨てられたメドゥーサ号

 航海士が合図した。船員たちは一斉に、前方マストの近くに立っていたズリタに襲いかかる。船員たちに武器はなかったが、数の上では勝っていた。
 しかしズリタも、簡単にやられるような玉ではない。二人の船員が、後ろから組みついた。が、ズリタは組みついた船員ごと、襲い来る船員たちの集団から抜け出した。そして数歩走ってから、舷側の手すりに向かって背中を投げ出した。
 ズリタに後ろから組み付いていた二人の船員は、うめき声を上げながらズリタから手を放し、甲板に倒れ込んだ。
 ズリタは、体勢を立て直し、襲いかかってくる敵に拳をお見舞いした。彼は拳銃を持ち歩いてはいたが、あまりの急襲に、ホルスターから抜く暇がない。
 ズリタは船員たちを警戒しながら前方マストに近づき、そして突然猿のように登り始める。船員が彼の片足を掴んだ。だが、自由なもう一方の足で掴んだ男の頭を蹴った。船員は気絶して甲板にひっくり返る。ズリタはマストの天辺まで登りきる。そして、座り込んで悪態をつき始めた。ここは多少安全だと考えて、彼は拳銃を手にして叫ぶ。
「最初にここに登って来る勇敢なヤツの頭を、俺は撃ち砕くからな!」
 船員たちは、マストの下でこれからどうするか騒いでいる。
「船長室に銃があるはずだ!」と、航海士が大声で叫んだ。「誰か来い、ドアをこじ開けよう!」
 そして数人の船員を引き連れて、ハッチに向かった。
(いなくなった)と、ズリタは考えた。(あいつら、俺を撃ち殺すつもりだ!)ズリタは藁をも掴む気持ちで、助けが現れないかと海を見た。彼自身にも信じられないことに、穏やかな海を切り裂いて、潜水艇が真っ直ぐメドゥーサ号に向かってくる。
(どうか潜ってしまいませんように!)と、ズリタは祈った。(ブリッジに誰か立っている。しかし俺に気づかず、行っちまったら?)
「助けてくれ! 急いでくれ! あいつらに殺されちまう!」ズリタはあらん限りの大声で叫んだ。
 潜水艇は、明らかにそれに気がついたようだ。スピードを落さず、まっすぐメドゥーサ号に向かってくる。
 武装した船員たちは、すでにハッチから戻ってきていたが、彼らは甲板で、ためらいがちに立ちつくしている。おそらく軍用の武装船が、メドゥーサ号に近づいてくる。この招かれざる証人の前で、ズリタを殺すことは不可能だった。
 ズリタは喜んだ。だがそれは、ぬか喜びに終わる。
 潜水艇のブリッジには、バルタザールとクリストが立っていて、その隣には捕食者めいた鼻と鷲の目をした背の高い男がいた。
 男が大声で叫んだ。
「ペドロ・ズリタ! 誘拐したイフチアンドルを、ただちに引き渡せ! でなければ帆船を沈める。私は五分だけ待つ」
(裏切り者め!)ズリタは、潜水艇の上のクリストとバルタザールを憎しみの目で睨み付けながら思った。(だが自分の頭を失うよりは、イフチアンドルを失ったほうがましだ)「今連れて行く」そう言いながら、ズリタはマストから降りてきた。
 船員たちは、すでにボートを下ろし、あるいは海に飛び込んで海岸に向かって泳いでいる。彼らは、自分の心配しかしていない。
 ズリタは、梯子を駆け下りて自分の部屋に向かった。そして急いで真珠を入れた袋を取り出し、自分のシャツの中に押し込む。さらにベルトとスカーフを手にしてグッチエーレがいる船室の扉を開け、彼女を抱き上げて甲板に運び出した。
「イフチアンドルは具合が悪くて船室にいる」と、ズリタはグッチエーレを引きずるようにして、ボートに向かう。そして彼女をボートに押し込むと、そのまま海面に下ろし、自分も飛び乗った。
 潜水艇は、あまりにも水深が浅いために、ボートを追いかけることができなかった。
 しかしグッチエーレは、潜水艇の甲板にバルタザールの姿を見つけたとたんに叫んだ。
「お父さん! イフチアンドルを助けて! 彼はこの……」
 しかし彼女が言い終わる前に、ズリタは彼女の口をスカーフで塞ぎ、手をベルトで縛り上げた。
「その女性を放しなさい!」と、サルバトールが叫んだ。
「この女は俺の妻だ! 夫婦の問題に口を出すな!」と、ズリタもオールを操りながら、大声で言い返した。
「妻であろうとも、誰しも女性をそのように扱う権利はない!」と、サルバトールは苛立って叫ぶ。「止まらなければ撃つぞ!」
 けれどもズリタは、ボートをこぎ続けた。
 博士は銃を撃ち、銃弾がボートの側面に当たった。
 ズリタは、グッチエーレを引き寄せて盾にする。
「やってみろ!」
 彼の腕の中で、グッチエーレが身をよじる。
 博士は銃を下げた。
「とんでもない悪党めが!」
 バルタザールが潜水艇から海に飛び込み、泳いでボートを追いかける。だが、ズリタはすでに海岸にたどり着き、ズリタがオールを一漕ぎすると、波がボートを砂浜に打ち上げた。ズリタはグッチエーレを抱えて、海岸の岩の向こうへと姿を消した。
 ズリタに追いつけないと見たバルタザールは、帆船の錨の鎖をよじ登って甲板に上がり、梯子を下りてイフチアンドルを探し始める。端から端まで全部を見て回ったが、帆船には誰もいない。
「イフチアンドルは、船にはいない!」と、バルタザールはサルバトールに向かって叫んだ。
「坊ちゃんは、生きて近くにいるはずだ!」と、クリストは言った「グッチエーレは、『彼はこの』と言った。あの人さらいめが口を塞がなけりゃ、あっしらがどこを探しゃいいのか、わかったのに」
 海を見渡したクリストは、海面から突き出したマストの天辺に気がついた。たぶん最近沈んだ船だ。
「ズリタは、沈没船のお宝をイフチアンドルに探させてたんじゃないか」
 クリストの言葉に、バルタザールが、甲板の上にあった、端が輪になった鎖を持ち上げてみせる。
「ズリタは、イフチアンドルをこの鎖につないで泳がせていたようだ。こいつがなけりゃ、イフチアンドルは逃げ出せる。これが残ってるのに、沈没船になんかいるもんか」
「そうだな」と、サルバトールは考え込みながら同意した。「我々はズリタを制圧した。しかし、イフチアンドルは見つけられなかったというわけだ」

◆次へ